• Ishikawa-legi

Tolerance for the brutality



下の文章を読んだときは、最後にお母さんが自ら井戸に身を投げたところで、泣けて泣けてしかたがなかった。私もお母さんをしていたから、自分が築き上げてきたものが一気になくなった時の想像を絶するような絶望と悲嘆を我が身に感じてしまったのだ。

『原爆投下前、広島のまちには、家族の笑顔や日々の暮らしがあった。本通りで散髪屋を営んでいた鈴木六郎さん(当時43)は6人家族。趣味のカメラで、家族の絆を撮りためていた。

だが、あの日。仲が良かった長男英昭君(同12)と長女公子ちゃん(同9)は、通っていた袋町小学校で被爆。英昭君は公子ちゃんをおんぶして、治療所があった御幸橋まで逃げのびたが、公子ちゃんは衰弱してもう動けなかった。「あとで迎えに来るからね」。そう言って治療所を後にした英昭君は親戚の家で高熱を出し、数日後に吐血して死亡。公子ちゃんの行方も分かっていない。

 次男護君(同3)と次女昭子ちゃん(同1)は焼け跡から白骨で見つかり、六郎さんも、救護所の名簿に「重傷後死亡」との記録があった。

 「一家全滅」を聞いた妻フジエさん(同33)は、半狂乱となって自ら井戸に身を投げた。』

http://www.chunichi.co.jp/article/front/list/CK2016080502000255.html

東日本大震災で石巻に医療チームとして参加した時も、若いお父さんが妻と3人の子どもをなくしたケースに出会った。私は絶句して何も言えなかった。

日本人が受けた悲惨さ残酷さを公表し伝えよう、という動きがある。確かにこれはとても大切なことだ。広島原爆資料館でもこの鈴木さん一家の写真を、今年5月に来日したオバマ大統領に見てもらえたそうだ。そして「自分の国が落とした爆弾が幸せな家族を奪った事実を、きっと感じてもらえたと思う」との感想が載っていた。

私は常々、ロックフェラーやロスチャイルドの人たちは人間をこれだけ残酷な目に遭わせて殺して、何とも思わないのか、良心の呵責を微塵も感じないのか、とても不思議に思っていた。でも最近なんとなく気がついた。あの人たちは毎日が残酷なんだ、日常的に上の文章の家族のような目に遭っているんだ、だから残酷さに耐性がついているんだ、と。

イタリア・マフィアの人が書いた本を読んだことあるが、入団した若い衆50人のうち、50歳まで生き残ったのは2人しかいなかったそうだ。残りは全員殺されたか行方不明かだ。イルミナティの書いた本でも、しょっちゅう、妻を殺されたり、子どもを殺されたり、残酷な報復が繰り返され、どこにいても寛ぐということのない生活が描かれていた。

あの人たちは、家畜としか思っていない日本人にどんな残酷なことがあろうと、全く眼中にないだろう、蚊が止まった程度にすら思わないだろう。あの人たちに対してだけは、戦争の悲惨さ残酷さをいくらアピールしても全く意味がないだろう、と思う。

でもあの人たちは逆に、人間の幸せを全く知らない。金と欲に溺れることはあってもその場限りでしかなく、人生を築いて生涯を全うするなどということからはほど遠いだろう。もしかしてこのことはあの人たちの弱点になりうるかもしれない。普通の人間の普通の幸せぐらい強いものはないかもしれない。


4回の閲覧

最新記事

すべて表示

父と同居開始

「とうとう、父を呼び寄せて同居開始!」と晴れがましく報告するつもりだったが、現実はやはり厳しい。なんだか父の一挙手一投足が癇に障ってイライラが募るし、上の子からも「このままジージの認知症が改善しなければ施設に入れることも検討して!」とLINE が来るし。 なかなか物事はそう簡単にはいかない。今後もっとスムーズに同居が進むといいが…。

「コロナでよかった」「えっ!?」

「でもさー、コロナでよかったよ」と言ったら、子どもに「ええっ!?」と仰天された。私が言い足りなかったのだが、「アメリカが破産した影響がコロナ程度で済んでよかった」という意味だった。 今年2月16日にアメリカは2500兆円だったか、人類史状最高の借金を抱えて倒産した。かなり前から「もう持たない」「危ない、危ない」と言われていた砂上の楼閣だったが、とうとう本当に倒産してしまった。 巨体アメリカが倒れて

© 2016 石川レジティメシー研究所