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ご聖体拝領



             教皇ベネディクト16世による聖体拝領

私は30歳でカトリックの洗礼を受け信者となり、教会に通いました。

教会では毎週ミサが行われ、最後にクライマックスとして『聖体拝領』が行われます。これは司祭の手を通して白い丸いパンを食べるものですが、パンはすでにパンではなく、キリストの体に変化しており、”キリストの体を食べる”ことを象徴している儀式です。

確かに私は、ご聖体を拝領すると「なんか強くなった」気がして、その週ずっとがんばれる、と思ったものでした。でもそれも今考えると一種の催眠術のようなものだったのでしょうか・・・

だってキリストは「肉によらず、霊によって生きよ」と言っていたはずです。だったら霊を受ける儀式をすればいい、何もこんなカニバリズムと批判されかねないような形で儀式をしなくてもいいはずなのです。

去年からずっと、いわゆる”陰謀論”とされるものを掘り下げてきて、陰謀→真実に変わる瞬間と世界の大変革を目撃し、キリスト教の陰謀もずいぶん研究しました。そして今、思うことは、「全くだまされていない状態」というのはありえない、ということです。

100%真実の状態で生きることは、残念ながらどうもできないようなのです。どこにでも多少のウソが混じる。真実とウソは、モザイクのように入り混じり、スペクトラムのように移り変わるので、どこからどこまでが真実で、どこからどこまでがウソとはっきり区別をつけることができません。

私は長年カトリック信者で過ごした日々を、イルミナティやP2ロッジの思うがままに操られた単なる末端の手先にすぎなかった、すっかりだまされたんや!と思いたくありません。負け惜しみかもしれませんけど。

まあ、聖体拝領や三位一体や復活などは「よくわからんけど、そう言うならそうなんやろ~」と完全にはめられてしまっていましたね(汗) 

でも聖書の言葉は、普遍的な知恵のかたまりでした。どんな邪悪もあれを消すことはできないでしょう。聖書の中には真実がそこかしこにキラキラ埋まっていました。そして私は聖書の知恵のおかげで、今回、陰謀の邪悪と狂気を恐れずにかぎ分けることができたのです。

つまり”あの人たち”が仕組んだワナだったけど、逆にあの人たちを暴いてしまったという感じでしょうか。今、世界中の人たちがみんなそんな感じですね。どこにでも真実はあるし、強いです。


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