• Ishikawa-legi

能登半島地震


祖母(101歳)が、10年前の能登半島地震で自分の家が全壊したときのことを、

「あんときゃ、若かったからね、ひどいと思わなかったよ。」

と言ったので、びっくりしました。”若い”って、10年前はもう91歳だったのに。どんだけ楽天家か、うちの祖母は。

祖母は家が全壊したので、その後仮設住宅で2年間暮らして、『92歳、仮設で一人暮らし』と新聞にも載りました。でもそんなことも全く覚えてなくて、

「そういえばそうだったかね、忘れた。元気だったからね。」

だって。

あの時能登で一人暮らししている祖母を助けに、私は一人でアコードを運転して、前後を自衛隊の車にはさまれながら、4時間かかって祖母宅まで行きました。途中で道が壊れていて通れず、田舎だからコンビニもなく、「トイレに行きたくなったら、どうしよう!」とものすごい危機感と緊張感だったのを覚えています。(以来、紙おむつを車の中に常備するようにしました)

祖母宅に着いたら、祖母はおらず、周りの人に聞いて、避難所である体育館まで行きました。途中、空がむらさき色をしていて、全体の風景もむらさき色で、「なんか異次元空間に来たみたいだな」と思いました。地震の影響で磁場が狂っていたのでしょうか。

体育館の床に配給のおにぎり持ってペタンと座っていた祖母を発見したときは、本当にホッとしました。さっそく祖母を車に乗せて私の家に連れて帰りました。

数日たってから、祖母の家は土台が大きく破損していることがわかり、”全壊”という張り紙を貼られて取り壊しになりました。すると祖母は「新しく家を建てる」と言いだしたので、またびっくり。

でも今から考えると、あれから10年もたって、まだまだ元気にしているので、あの時家を建てていてもよかったかもしれません。驚異的な祖母です。能登には時々こういう元気な高齢者がいるそうです。

祖母とおしゃべりしながら、スマホで”能登半島地震”を検索したら、ああ!やっぱりこの地震も人工地震の可能性があるそうです。『深さ11km』だしね。能登空港に自衛隊の基地を作って中国と北朝鮮を監視する話があって、それが狙われたのでしょうか。



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