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てんでんこ


再び東北地方を訪れました。東北の人々が津波をどう乗り越えたのかを探り、近々来るであろう日本史上最大の危機に備えなければ、と思ったからです。

夏にお会いしたOさんにまたお話をうかがうことができました。Oさんは中学校のテニスコートから押し寄せてくる津波を見たそうです。

「こんな風に、垂直の壁みたいにガーっと来た!」

津波は波というけど曲線ではなく、垂直線のように切り立った面で突進してきたそうです。

「津波が去った後は、湾が底まで瓦礫で埋め尽くされ、その上を歩けるほどだった。」

「沖の方で屋根に掴まってプカプカ浮いている人が夜通し、『おらは〇〇町の〇〇だ!助けてけろー!』と叫んでいるのが聞こえていたけど、そんな状態じゃ舟も出せないし、どうにもならなかった。」

「体育館に避難した130人余りのうち、4人だけが体育館の屋根の頂点のわずかな隙間に首だけ出して空気を吸って助かった。あとの人は水に浸かって死んでしまった。」

「年取った母親に『わしをおいて逃げろ!』と言われて、ひとり逃げて助かった息子が3カ月うつになった。」

Oさんは前に「自分の命は自分で守れ」と言っていたので、「そうはいっても、お母さんをおいて逃げるのはためらうでしょ?」ときいてみたら、「ひとりでも助かった方がいいからね。」と答えていました。

その晩はOさんご夫妻に地元のお店でご飯をごちそうになり、おしゃべりしたり笑ったり、とても楽しく過ごしました。そのOさんご夫婦のとても仲の良いこと!「あんなすてきな夫婦になりたいねー」と私たちはホテルへ帰って来てからしみじみ語りあいました。

そしてしみじみ、東北の人たちはとても家族力が強いなと感じました。大災害を経験してきたからかもしれません。石川の人たちのほうがはるかに家族が壊れて、憎み合ってボロボロの悲惨な状態にあるように思えてならないのは、災害も戦災も経験しないままで来てしまったせいなのでしょうか・・・。


この写真は、市内の高台にあるお寺の参道わきに犠牲者を弔うために置かれている石の数々です。


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