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1985年プラザ合意以前の通産省


1983年~85年にかけて通産省(現在の経済産業省)でキーパンチャーとして働いていた、という女性がいます。その人が言うには、「通産省はとってものんびりしていた」そうです。彼女の仕事は「毎日ウォール・ストリート・ジャーナルを打ち出すことと、あとちょっとだけ」で、それが終わるとすることがなくて、建物の中をぶらぶら散歩したりしていたそうです。

通産省の職員は全員が東大卒で、「みんな、とてもやさしかった」のだそうです。そんな東大卒の上司に毎日お昼ご飯をごちそうしてもらっていたそうで、「今日は〇〇のフレンチに行こーかー」と誘われて、昼間から有名レストランのフルコースをごちそうになっていたそうです。しかもワイン付き!みんな昼間からアルコール飲んでいたそうです。信じられません。

のんびりしていたのは彼女だけでなくて、通産省の職員全員だそうで、みんなすることがなくてただイスに座っていたそうです。彼女の給料は12万円で、毎日お昼ご飯はおごってもらえるし、ほんのちょっとしか仕事がなくてとても楽だし、「こんなにもらっていいのかしら」と思っていたそうです。

それが今では、官公庁の超多忙ブラックぶりは有名な話となりました。どこの役所も仕事量が膨大で山積み!夜、最終電車にも間に合わないくらい残業が毎日あって、秒刻みで命を削りながら馬車馬のごとく仕事をしなくちゃいけない、それでも終わらない。回らない。

1985年8月のJAL123便日航機事故からわずか1ヵ月後の9月にプラザ合意が成されました。これを境に官僚が変わったといいます。プラザ合意後、日本はバブル化させられ、1990年バブル崩壊させられた後、米に莫大な財産を巻き上げられてゆくことになります。

じわじわ年数をかけて真綿で首を絞めるごとく、日本は窒息させられました。とてもゆっくりだから気がつかないけど、でも色々思い出すと、以前から比べるとものすごい変化です。これをおかしいと思わない人は、はっきり言っておかしいです。


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