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善悪の木


動物には善と悪がない。人にだけ善と悪がある。しかも人が単独のときは、善と悪はない。

人が複数いるときにだけ、善と悪がある。対人関係のことを言っている。

善と悪を知ることは、言葉の獲得と密接な関係がありそうだ。人だけに善悪があり、言葉がある。

日本人は古来、善悪がはっきりしなかった。自分と他人がはっきりしなかったからだ。

日本は島国で、天災だけが天敵の楽園だった。自分にとって善なことは他人にとっても善だし、自分にとって悪なことは他人にとっても悪だった。だから言うなれば、どんなに大勢いても”単独”状態だった。

ところが明治維新とともに、日本人は善と悪を知ってしまった。私を含めてたくさんの日本人があっという間に、欲張りで見栄っ張りでエゴのかたまりで自分勝手になってしまった。

聖書に書いてある。

「善悪の知識の木からは、決して食べてはならない。食べると必ず死んでしまう。」創世記2ー17

日本人は善悪の知識の木から食べてしまったので、死んでしまうだろう。


                エデンの園


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